布施信彦 医師

布施信彦 医師  職業 企業コンサルタント 専門 bio technology 生命の起源、細胞の分化、進化に感銘を受け 生殖医療の世界に入る。 産科クリニックにて勤務 体外受精のバイオラボにて培養の研究を行う。 スタンフォード大学のバイオラボに参画。 人工授精、体外受精の研究に取り組む。 米国産学共同事業を通じて、シリコンバレーの投資案件に関わる。 ここより医療コンサルタント業務を開始。 米国の大手製薬会社、医療機器会社、ドイツの医療大手企業のシリコンバレーにおける投資案件に関わることになる。 企業

植物由来代替肉から細胞培養肉へ 米国に見る「代替肉」の最前線      布施信彦 医師

植物由来代替肉から細胞培養肉へ 米国に見る「代替肉」の最前線

代替肉はフードテックの主要分野のひとつだが、なかでも近年急速に研究開発が進んでいるのが「細胞培養肉」だ。100以上のフードテック企業が集積するシリコンバレー発の細胞培養肉メーカー、Orbillion Bioは高級培養肉の開発で世界的な注目を集めている。

Orbillion Bioは事業開発、バイオプロセス、バイオ医薬品分野の専門家3名で創業。
中央がパトリシア・バブナーCEO

注目を集める細胞培養肉

代替肉(フェイクミート)は、従来の動物由来の肉を植物由来や細胞培養などの技術を用いて再現した食品で、人工肉とも言われる。大豆などの豆類や大麦、きのこなどの植物性の素材を使用して作られる「植物由来代替肉」と、動物の生体細胞を採取、培養して肉の組織を再現する「細胞培養肉」の大きく2タイプが存在する。植物由来代替肉はすでにスーパー等で広く販売されているが、細胞培養肉は一部の国を除きまだ研究開発段階である。

代替肉が注目されている背景には、環境への負荷削減や動物福祉など複数の理由がある。世界の温室効果ガス排出量のうち農業由来のものが10~12%を占めるが、FAO(国際連合食糧農業機関)によれば農業排出の約65%は家畜生産に起因するもので、代替肉はこれらの負荷を軽減する効果が期待される。また、畜産業における動物の飼育・屠畜に伴う問題の解消にもつながるとされる。

代替肉の研究開発は世界中で進められているが、先頭を走るのはやはりアメリカだ。東京都が開催した「City-Tech.Tokyo2023」では、細胞培養肉スタートアップとして注目を集めるOrbillion Bio(オービリオンバイオ)の創業者CEOであるパトリシア・バブナー博士と、UCバークレーカルフォルニア校でフードテック起業家育成プログラム「Alternative Meats Lab」の責任者を務めるリカルド・サン=マーティン教授が登壇。アメリカの代替肉産業の現状と展望について語った。

2019年設立でシリコンバレーに本社を置くオービリオンは、和牛などの高級細胞培養肉を開発するスタートアップであり、世界最大規模の培養肉企業になることを目標に掲げている。培養肉は家畜から採取した細胞を特性化し、バイオリアクターで培養、組織構造化することで完成するが、同社は、高密度細胞培養とそのスケールアップ技術に強みを持ち、培養肉の生産コストを従来の98%削減する生産工程の開発を目指している。

「私達の技術ならばあらゆる種類の肉を培養できますが、まずは、畜産動物の中でも最も温室効果ガス排出量の多い牛肉からスタートしました。オービリオンが培養肉の生産に必要とする水の量は従来の牛肉生産より75%少なく、必要な土地面積は95%、温室効果ガス排出量は92%減少させることが可能です。培養しているのは最高の牛肉、つまり日本の和牛です。最初の製品はひき肉で、ハンバーガーはもちろん、色々な食品に利用できます」と、バブナーCEOは語る。

「細胞培養肉は肉の代替品ではなく、肉そのものです。私達の狙いは従来の牛肉と同じ味、同じ栄養価、同じ歯ざわりを実現することで、ほぼ達成段階にあります」

Orbillion Bioは和牛や子羊などの高級培養肉にフォーカスしている

植物由来代替肉の
「停滞」から学ぶべきこと

アメリカでこれまで代替肉市場を牽引してきたのは植物由来代替肉だった。その代表格がBeyond Meat やImpo ssible Foodsといった企業である。

しかし、2020年まで右肩上がりで成長してきたアメリカの植物由来代替肉の市場は、現在では停滞状態にある。2021年の市場規模は前年から0%成長の14億ドル。Beyond Meatの株価は、2019年5月の上場時につけた135ドルから、現在では17ドルまで落ち込んでいる。

なぜこのようなことが起きてしまったのか。サン=マーティン教授は言う。「起業家やVCは、多くの人が今の食生活を改め、植物由来代替肉に変更するという“神話”を、詳細な調査や研究もせずに信じ込んでいました。しかし、大きすぎる期待に反して、実際の市場規模は小さかったのです。米国農務省が国民1万人を対象に行った調査によれば、85%の人が『自分の食生活はヘルシーだ』と答えました。60%のアメリカ人が肥満であるのにも関わらずに。食生活がヘルシーだと信じ込んでいる人が、それをわざわざ変えることはないでしょう」

図 フードテック分野の投資状況

出典:AgFunder「2023 AgFunder AgriFoodTech Investment Report」
「2023 Asia-Pacifi c AgriFoodTech Investment Report」

 

こうした状況を反映してか、アメリカのフードテックへの投資額は減少傾向にある。バブナーCEOは「私達の資金調達は非常に上手くいっています」と前置きした上で、「全体的には減速、あるいは正常化しつつあると言えます。過去3~4年のフードテックへの投資熱は本当に例外的でした。コロナ禍の影響で、多くの人が外出できず、食品購入サービスなどのフードテックの需要が拡大したからです」と述べる。

では、細胞培養肉が植物由来代替肉と同じ道を辿らないためには、どのような視点が必要なのか。

「大切なのは、消費者が何を求めているのか、そのニーズを深く理解するということです。植物性代替肉では技術にばかり目が行ってしまい、人間的な要素、すなわちなぜ食べ物を食べるのか、どうやって食べ物を選ぶのかまで考慮されませんでした」とサン=マーティン教授は指摘する。世界の食料危機を救う、環境負荷が低い、動物の福祉を向上できるという従来のセールストークを超えた発想が求められているのだ。   医師 布施信彦